人体の可動域、詩の構造


 10/18 19:00-21:30 生涯学習センター 和室 担当:O


本日も見学者を二名迎えての稽古。

和室で座布団があったので、準備運動として寝転びペアの体をマッサージ。肩甲骨の場所を探したり、身体の形や可動域を意識する。

一つ目のワークは、円になり、腕を交差させて手を繋ぎ、絡まった腕を解くというもの。8人なので比較的大所帯。最後には目を瞑り、声で指示をしないで解く。腕を潜ることはできても、乗り越えることは難しい。絡まった紐を解くことと同じ要領だと思ったが、目を開けても難儀することを、全体図も見えず、かつ円なので始点・終点もないまま手探りで進めるのはより難しい。目を瞑ったまま紐を解いた経験などないし、プレイヤーは一体何を頼りに開放まで導いているのだろうか。引っ張って導くことはできる。腕の数で結び目の数を特定することはできる。腕の高低でほつれの規模を推測することはできる。どうも、腕が楽になるように移動していくことがもつれの解消への近道らしい。身体の柔らかい人だけでやれば簡単なのだろうか。謎は解けない。

二つ目は、恒例の詩を演出するワーク。

ばか

ばかかった ばかはかかった たかかかった
はかかんだ ばかはかかんだ かたかった
はがかけた ばかはがかけた がったがた
はかなんで ばかはかなくなった なんまいだ

(ことばあそびうた 谷川俊太郎)

一つ目のペアは、詩からストーリーを読み取り、母子の物語として演出した。     

二つ目のペアは、言葉を身体で表現し、詩そのままのイメージで演出した。

三つ目のペアは、音楽に乗せて激しく踊りつつ繰り返し読むことで、リズムや語感を強調する演出をした。

四つ目のペアは、和室を上手く利用し葬式のような空間を作り出し、詩のテキストを背景にすることで独自の演出をしていた。


各チームそれぞれ目の付け所が違い、講評会では演技を褒める声や、激しいダンスの健闘を称える声があった。詩はやはり戯曲やテキストとも味わうことのできる部分がまた違う。上演することに躍起にならずに、一度詩とは何かを考えてみるのも良いと思った。



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