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バランスとる、とらない、とる、とらない、

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1/25 19:00-21:00 渡辺健一郎 みんな様々にバランスをとりながら生きていますね、心や身体や諸々について。 「生活リズム」がおかしくなってバランス崩して、嗚呼何もかもうまくいかない、みたいなこともありますね。 自分1人のバランス、なら話は単純(とはいえなかなか厄介)ですが、複数人の間のバランスとなると何とも如何とも。 どこに重心を置くか、といったことを見誤ると、中心の一人に負担がかかったり、あるいは特定の誰かが場を掌握したりすることになる。 ただいずれにせよ重心はみんなの「間」にあるので、自分がどうこうしようと思っても上手くいかないことも多い、 それこそバランス崩れて色々ご破産、なんてこともしばしばありますね。 ある程度乱れたバランスを「乗りこなす」技術もいるのでしょうか、簡単ではないですね。どうしてもね。 「社会的な正しさ」を重んじようとすると、バランスをとることこそ正義だということになりがちですが、 一方に重心がかかっているなら次はこっちに力をかけてみようとか、動的にバランスを考えていく必要もありそうです。 ずっと波風立たせず平穏無事に、というわけにはどうしてもいかない。どうしてもそうはならない。 Q『妖精の問題 デラックス』を見てくる、というお題が講師Tから出されていました。 後半はみんなで感想を言い合いました。 「女性芸人の自虐ネタ」のようなものを見て、会場が沸く/沸かない回があったようですが(演劇ではそういうことはよくありますが) 今回の上演では「みんなが笑った回が成功」では必ずしもなかったのかもしれない。 「笑ってしまって良いのかな」という繊細さのない人が「笑ってしまえる」ような上演だった。という感想が出てきて、これがかなり良かった。 バランスをとる(とってしまう)人、とらない(とれない)人の間でバランスが生じていた。 しかしそのバランスは、バランスをとれない人には理解しえない… いずれにせよしかし、バランスをとることばかりが生きる目的にならないようにはしたい。 バランスをとろうとする人たちばかりの集団は、案外バランスも悪そうで。  

普段なら口にしないことばを、

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 1/19 19:00-21:00 担当W 富田ふれあい文化センター大ホールです。 演劇史の勉強をすると「あのにっくきプロセニアムアーチ!」などと思ったりもするのですが、 こういう場に来ると嗚呼良いなと思っちゃったりしますね、どうしてもね。 年始からやっている、自らの選んだテクストを読む、というワークを手始めに。 劇場空間は声を吸う。空間が、大きな声を求めてくる。単純に、繊細に。「演技」では戯曲だけでなく空間の解釈も要請される。良い。 同じテクストを何度も読む、際にも様々な身体の使い方が求められるでしょう。 テクストに、空間に、「別の身体をぶつけてみる」といったことをもっと試してみても良さそう、と思った。 せっかくの稽古場なので、通常の私、以外のものが発見できると多分楽しい。 さて前回(私は急遽お休みしてしまったのですが)メンバー間でどんなテクストを扱おうか話合いの時間があって それを受けて本日講師Tが新たに提示してきたのは、 『ヴァギナ・モノローグ』 。 現代戯曲の有名どころとはいえ、なかなかにぶっこんできました。 口にするのも躊躇われる言葉、発話するだけで何らかの摩擦を生む。 私も今、引用符にくくらないと文字にするのにだいぶ抵抗ありますね。 しばらくみんなで朗読しました、順番に。 いつもTはワークの後に「実際やってみて/まわりで聞いててどうだった?」とたずねるのですが 今回はそうしなかった。各々、何を感じていたのだろうか。 いずれにせよしかし、外国語にしちゃうと少し摩擦は薄れる感がある。外国人の名前みたいだ、感。

年末年始、に「台本を読む」

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 2021/12/26 13:00-17:00   2022/1/4 19:00-21:00 年末ブログをサボってしまいましたので、2回分まとめて書きます。書きます。 良いお年、はお迎えいただけましたでしょうか。本年もよろしくお願いいたします。 あした帰った第一期は、参加者各々が自らテクストを創出してそれを上演作品にしました。 第二期はその限りではなく、何かしら自分の「外」のテクストを用いてそれを演じる、という契機を積極的に取り入れて創作に取り組みます。その予定です。 理由はいまいちよくわからなかったのですが、講師Tからオーディション番組の動画を見てきてほしいとの指示がありました。 横柄な(態度をあえてとった?)演出家が志望者に圧をかけて、殻をやぶらせようという。 気分が悪い、と私はかなり強めに思いましたが、成長していく志望者たちの姿が良かった、という人もいました。 さて、「台本を読むこと」について。 俳優は、与えられた台詞を発話するのには長けていますが、あんまり自分でテクストを選択する機会はない。 冒頭に「自分の「外」のテクスト」と書きましたが、講師Tはそれでもなお「自分で選ぶ」という契機を大事にしている様子です。 欧米の俳優のオーディションだと、「自分の好きな台本の一部を抜粋して発表しろ」という課題が多いらしい。 年明けには、各々が選んできたテクストを2分程度で読むというワークをしました。 「何か自分に響いた文章であるほうが良い」という指示がありましたので、みんなそれぞれに捻り出してきました。 戯曲、昔話風の創作物語、小説、ドキュメンタリーと、示し合わせた訳でもないのに多種多様なテクストが揃いました。 テクストの性質、例えば語り手がどの立場から語っているかなど、によって上演のされ方は異なる。 俳優も、どういう立ち位置で舞台に立てば良いのか、かなりの試行錯誤が要る。 そういう機微?に敏感でありたいなと強く感じられました。