強制、共生
4/11 19:00-21:30 ゆう・あいセンター 研修室 前回 終わった後に、アランの『幸福論』をなんの気なしにひっぱりだしたんですが、93の章のタイトルが大変面白かったため( 目次 )、俳優それぞれタイトルが気になった章を指定して、それを読む、ということをやりました。 アランは「オプティミスト(楽観主義)」だと周りから言われているそうです(自分でそう書いている)。かなりの意訳ですが、だいたいのことは気の持ちようだと言っているので、なるほど楽観的だなとも思います。しかし悟りを開け、とも言われているような気にもなるので、決して楽なことを言わんとしているのではないな、とも。 とはいえ、何かオカルティックな意味での悟りではなく、かなり具体的に、物質的な側面からも考えた「悟り的なこと」を書いてくれているので、「幸福」の(文字通り)手がかりにはなるのかもしれない。 現代の演劇では、俳優は必ずしも「役(登場人物)」を演じるわけではありません。アランの文章を読むにしても、それを読む人は必ずしもアラン役を演じなくて良い。 では一体何をしているのか? 何をすれば良いのか? 役を演じるのではないにしても、人前でテクストを読み、発話する場合、何らかの「役割」は担っています。観客以外の相手を想定して「話しかける」にせよ、客にテキストの内容を「届ける」にせよ、空間に言葉を「響かせる」にせよ、言葉を「発する」以上、自分以外の何ものかとは何らかの関係を持たなければなりません。 特に何も考えずただ「読む」というのも一つの考え方だろうとは思いますが、世界との他の関係性の仕方を考えたうえで「ただ読む」に戻ってくる方が、強度は増すだろうなという気がします。 今回は、1人の参加者の大きな課題に解決?革新?の希望が見えて、大変良かった。 きっと、世界との関係の仕方が大きく変わっていくんだろうと思います。感動的でした。 なおブログのタイトルは、また別の参加者に与えられたテクストより。これも大変面白かったのでじっくり考えたい。『幸福論』より、発話するのが大変難しそうでしたが…


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